2018年12月 植物の発信する情報について

                     2018年12月 植物の発信する情報について
 
 オジギソウや食虫植物ハエジゴクがわずかな振動や軽い接触によって葉を閉じることはよく知られている.娘が小学生のころ夏休みの自由研究でこれを取り上げ,何やら実験をやったことがあったが詳細は忘れてしまった.その運動は屈曲器官にある運動細胞の活動電位で触発されるその細胞の急速な膨圧減少で起こるという.このような現象は電気化学に関係があると考えていた私は,今から30年ほど前,神奈川大学で電気化学研究室を主宰していたことから卒業研究の一環として取り上げた.オジギソウのように刺激に対して目に見える著しい変化を示さない植物でも,急激な環境変化に対して何らかの応答,つまり情報を発信するに違いないと考え研究を始めたのである.結果の一部は論文としたが1),それに基づき以下に述べよう.

1)植物の葉の重力に対する電圧応答
 多少荒っぽい方法であるが,生育中の植物に電極を挿入し,重力や熱刺激に対する電圧応答を測定した.生育中のイチョウ(樹齢3年,樹高約25㎝) やゴムの木(樹高 約60 cm)を用意し,樹皮を剥ぎ,木質部と樹皮間に金めっきした細線電極を挿入後テープで固定する.図1はその様子を示したもので,イチョウの葉に滑車を介して
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     図1 イチョウの葉に対する重力の影響の実験         図2 イチョウの葉に対する重力の影響

錘を上下し,加圧と減圧を繰り返し,両電極間の電圧変化を測定した.図2に見られるように,錘を乗せたり,浮かせたりした瞬間に電圧が変化し,明瞭に重力に応答していることが判った.かなりばらついてはいるものの加圧が大きくなるほど電圧変化幅も増加した.次に同一重量を数時間ごとに与え,電圧変化の経時変化を追跡したところ,図3が得られた.実験は蛍光灯照射下で,かつ自然光の加わる室内で行われたので,日没から夜明けまでは蛍光灯照明のみである.気温は20±0.5℃でほとんど一定である.明らかに電圧変化に時間依存性が認められ,夜中では変化量が少なく,午前から正午にかけ変化量が最大となった.

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        図3 加圧下の電圧変化の経時変化           図4 ゴムの葉の折り曲げ荷重の影響の実験

 次にゴムの葉の曲げ荷重刺激に対する応答を葉を折り曲げることによって検討した.図4に示すようにゴムの葉の片面をテープで固定し,他面に糸を張り付け,一定距離糸を引っ張ることにより折り曲げ荷重をかけた.

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     図5 ゴムの葉の折り曲げによる電圧変化       図6 自然光と蛍光灯照射下の電圧の経時変化                  

図5に示すように,葉を折り曲げると電圧が変化し,糸を緩めると葉自身の弾力で元の位置に戻り,電圧も初めの値に戻った.その値は折り曲げ角が大きいほど大きかった.葉の折り曲げ角を一定にして,電圧の経時変化を追跡した(図6).採光条件は図3と同様に蛍光灯照射下で自然光も加わっている.電圧変化はイチョウの葉の場合とかなり類似しており,11時前後で最も大きく,24時~1時ころに最も小さかった.このような応答パターンはハウスミカンの日射に対する応答パターンと良く対応している.すなわち,日射量は正午前後で最大を示すが,これに対応してハウスミカンの気孔コンダクタンス,蒸散速度,および光合成速度は11時~13時で最大値を示したという2).
 また,測定直前まで太陽光下に置いたのち暗所での経時変化を測定したところ,やはり11時前後に最大値を示したが,2日目になると同一時刻での電圧変化が前日より非常に小さくなり,数日後には電圧変化が最も大きいと予想される時刻にも応答しなくなった.短い期間なら暗所でも体内時計が機能していると思われる.この応答しなくなったゴムの木を2〜3日間,日光に当てると再び応答するようになった.植物の葉への刺激に対する電圧応答には日光が関わる植物の物質代謝と密接に関係していることを示唆しており,興味深い.

2)熱の刺激に対するイチョウの葉の電圧応答
 イチョウの葉の裏側に加熱した鉄棒を近づけ,数秒間経過後遠ざけた.また,同様に氷を5 mmまで近づけ,数10秒後遠ざけた.これらの操作で,葉の温度は前者では最大約80 ℃上昇,後者では約6 ℃低下した.熱刺激直前の電圧を0 Vとして得られた電圧 - 時間曲線を図7に示す.

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   図7 熱刺激に対するイチョウの葉の電圧変化       図8 電解液によるイチョウの葉の電圧変化
   A: 加熱鉄棒,⊿t≒80℃,
   B: 氷による熱刺激, ⊿t≒6℃

熱刺激により,その直後から電圧が変化し始め,ある程度まで変化すると徐々に元の値に戻った.加熱の場合の方が温度変化の幅が大きく,電圧変化も大きかった.

3)イチョウの葉の化学物質の刺激に対する電圧応答
 この実験を行っていた当時は大気汚染が深刻で酸性雨なども問題になっていた.そこで硫酸や塩化カリの溶液をイチョウの葉に接触させ,電圧変化を見た.室温近傍の蒸留水をイチョウの葉に接触させても電圧変化は見られないが,硫酸や塩化カリ溶液を葉に1滴,付着させると数分後に電圧変化が起こり,またもとに戻った(図8).この際,温度刺激とならないよう,液温を植物環境と同じ温度にしてから接触させた.重力や熱のような物理的刺激の場合と異なり,刺激後,電圧変化が現れるまでに時間遅れが見られた.これは木の葉は一般に撥水性であるため,イオンが植物組織内に浸透するのに時間がかかるためと考えられる.その他,大気汚染に植物が応答しているか否かを見るため,密閉したプラスチック製の箱にイチョウやゴムの木を入れ,亜硫酸ガス,炭酸ガス,亜酸化窒素ガスなども浴びせて電圧変化を見た.これらのガスに触れると確かに電圧は変化し,濃度の増加とともに電圧変化は増大したが,濃度変化によるその変化幅は小さかった.あわよくば大気汚染ガスの監視モニターになるかと期待した目論見は失敗した.
 以上,実験結果は興味深かったが,定性的内容に終始し,残念ながら植物生理学的知識に疎い私は,さらなる根本的メカニズムの解明にまで行きつけなかった.今では微小pH電極をはじめとする各種の微小イオン電極の開発もあり,もう少し踏み込んだ内容まで行きつけるかと思うが後の祭りである.一番の敗因は以下のようである.
 高校,大学時代,まだ,植物学ではリンネの分類学が幅を利かせており,名称を覚えるだけの暗記科目でつまらないと馬鹿にし,生物学の講義を受講,選択しなかったのである.若気の至りであった.ワトソンやクリックらのDNAの螺旋構造の発見は高校時代のことだったが,教科書に載るのはもっと後のことで大学時代にも分子生物学の講義はなかった.あとで自習すればよいようなものであるが,まず,キーワードがわからず,放棄してしまった.物事への興味はまず名前を覚えることから始まると何かで読んだが,もう記憶力の衰えている私には後の祭りである.若い人たちにお願いしたい.何事にも,頭から興味がないと蓋をするのは大いなる進歩を妨げる元である.

参考文献
1)佐藤,早坂,大石,小早川,電気化学,56 (12), 1063 (1988).
2)橋本,遺伝,40, 91 (1986).