2019年1月 調査しました

20191月 調査しました
 
 新年早々,老人の小言で申し訳ないが,まあ聞いてください.ここ,数年気になっていたが,昨年秋の学会に出席,その想いを一層強くした.発表者が頻繁に「・・・・・について調査しました」と発言するのである.私なら状況に応じて「・・・・について研究しました」とか「・・・・・について検討しました」,「究明しました」あるいは「解明しました」いうところである.未知の現象の原因を究明するのに,あるいは画期的な効果が期待される新物質の合成法を検討するのに,“調査する”という言葉を使うだろうか.大学院クラスの若い発表者のみならず,中堅の教授クラスの発表者も,“究明する”とか“検討する”,あるいは“解明する”と言わずにすべて“調査する”という表現で済ませているのである.これが,私には気になって仕方がなかった.試みに和英辞典,国語辞典でそれぞれの言葉の表現,意味を調べてみた(調査した!)
調査するinvestigate , 研究するstudy, research, 検討するexamine, investigate, study, 究明するstudy, investigate, inquire, 解明するelucidate
このように,日本語表現に対応する英単語もinvestigate が共通する部分もあるが英単語もそれぞれ異なっている.次に国語辞典(新明解国語辞典三省堂)で日本語表現の意味を調べてみた.
 調査する:ある事情を明らかにすること.研究する:問題になる事柄についてよく調べて事実を明らかにしたり,理論を打ち立てたりすること,検討する:問題となる事柄について,いろんな面からよく調べ,それがいいかどうかを考えること.究明する:本質・原因などつきつめて明らかにすること.解明する:不明な点を調べたり,研究したりしてはっきりさせること.
このように日本語では(英語もそうであるが) “調査する”が他の単語の意味と共通する部分も多いが,微妙に意味が異なっているのである.これを“調査する”だけですべて済ませてしまうのは,間違いとは言わないが乱暴である.まさか理論を打ち立てたり,仮説の信憑性を検討することを,“調査する”とは言わないであろう.“研究する”である.
 もう一つ気になった表現は上記ほど頻繁ではないが,“成功した”である.
研究者や技術者が自分のやってきた結果について“成功した”と言えるのは一生に1回あるかないかであろう.あれば非常に幸運であったといえよう.それが,学会の講演でかなり耳にするのである.現役時代の頃,卒業研究発表会で,有機化合物の置換基を一つ,二つ付け加えただけで,あるいは無機化合物の合成で別の元素を一部新たに導入したくらいで「世界で初めての新規化合物の合成に成功しました」と表現する学生がかなりいた.確かに事実であり,彼らの高揚した気持ちは尊重したいがいくら何でも大げさすぎる. せめて「新規化合物を合成することができました」とか,「これまで知られていない事実を見出しました」くらいにしておきなさいと私の研究室の学生には指導した.彼らは少々不満そうな顔つきをしたが.
 研究助成金の申請書などにも自分のこれまでの成果を強調するあまり“成功した”という表現が頻発するものが見られる.審査員によって異なるとは思うがへそ曲がりの私はこれを見ると眉に唾を付け,内容を厳しく吟味したくなる.損な表現であると思う.
 このように年々,使用する単語の数,語彙が少なくなって表現が単調化し,言葉の意味が軽くなっていくのは何故であろうか.それはひとえに読書量が減り,新聞を読まなくなるとともにメールやラインが汎用される昨今のどうしようもない風潮のためである.手紙やはがきも書かなくなった.そのうち,自分の考えや微妙な感情を適切な言葉で表現できなくなる時がやってくるのか.自分ではできなくて代わりにAI (人工知能) がやってくれるのだろうか. 
昨年末の新聞記事1) である.俳句イベントで愛媛の俳人チームと約7万句を学習させた北大チームが俳句を5句ずつ読み合った結果,AIチームは俳人チームに敗れたが,AIの句 「かなしみの片手ひらいて渡り鳥」が最高点を得たという.唯一の慰めというか開き直りは,この句はどのような情景を読んでいるのか,どのような思いが込められているのか作者に聞くすべがないことである.読み手が勝手に想像するのである.そのうち,AIから多くの人々が共感するような句も生まれてくるのであろうか.
     ひしひしとAI迫る年の暮れ  ()


1)朝日新聞2018125日付け夕刊