2018年7月 エッグスタンド(卵立て)

20187月 エッグスタンド(卵立て)
 
 数日前,楽しみにしていた有田焼のエッグスタンドが,製作を依頼していた窯元の中島陶芸からようやく届いた.私のは白地にツユクサ,妻のにはアザミが鮮やかに描かれている.これに半熟卵を立て,上面の殻を割って取り除き,スプーンで中の黄身や白身をすくって食べるのである.毎日,朝食が楽しみである.前々から欲しいと思って探していたが,エッグスタンド自身がなかなか陶磁器店に見当たらなかった.そんなニーズが少ないからかもしれない.数年前,四国に旅行した折,道後温泉街の土産物屋で見つけたが,図柄が気に入ったものでなかったうえ安物の感がしたので購入はしなかった.産地を尋ねたら,Made in Chinaだった.それ以来,妻も意地になってあちこち探していたが見つからなかった.去る5月初旬のことである.マンションの近くの大通り公園で毎年恒例の陶器市が開かれた.ここには有田焼(伊万里)備前焼,磯辺焼,笠間焼,益子焼常滑焼,萩焼等全国の有名な焼き物産地の陶磁器類の出店が数十軒,1週間ほど店開きをする.余計なことであるが有田焼も伊万里焼も同じものであるがその昔,伊万里港から海外に輸出されたのでその名があるのだそうな.この期間,主婦をはじめとする多くの陶磁器愛好家が集まるが,私たちもこれを楽しみにしている.もうあまり,使う時間も残されていないし,戸棚には皿,茶碗,ぐい飲み等であふれかえっているが,それでも気に入ったのがあるとつい買ってしまうのである.今回もあちこち見て歩いた,有田焼の茶碗,大皿,小皿,湯飲み等の並んだ棚の前で何気なく,妻と「こんな絵柄のエッグスタンドがあればいいのにね」等と会話していたら,これを聞きつけたのか,50代の店主が「少し時間をいただければ作りましょうか」と問いかけてきた.これ幸いといろいろ話をし,絵柄も指定し注文した.日本にはそんな食習慣がないのか作っても売れないのだとか.そして,約束の納期より少し遅れて数日前に宅急便で届いたのである. 窯がいっぱいになるのに少し時間がかかりましたのでとお詫びの手紙が入っていた.
 エッグスタンドなるものは,もう50数年前になろうか,お世話になった玉虫伶太先生に教わった.残念ながら,先生は数年前に亡くなられた.当時,私は大学4年生,卒論研究室として田中信行研に所属していた.玉虫先生はこの研究室の助教授で電気化学反応に関わり“田中・玉虫の式”を誘導されていてこの分野で著名だった.当時,田中研はポーラログラフィーといわれる電気化学分野で世界の最先端を走っており,論文がNature誌等にも掲載され意気が上がっていた.内外から世界一流の研究者の訪問も多かった.オーストラリヤからAylward先生が招待研究員か何かで滞在されていた.ある日のお茶の時間だったか,昼食時だったか忘れたが,玉虫先生が「Aylward氏からエッグスタンドをもらってね」と助手だった佐藤弦先生(上智大学名誉教授,私の卒論の直接の指導者)と話しておられたのを漏れ聞いたのである.玉虫先生のお話は微に入り,細にいり,とても面白い.ご性格か,人生に余裕があるとでもいおうか,弦先生といつも会話を楽しんでおられた.先生の書かれた“電気化学”はいわゆる“玉電”と呼ばれて名高く,今もこれを超える日本人の著者による電気化学の教科書は見当たらないように思われる.