2014年2月 追試験の重要性

20142月 追試験の重要性
 
過日の大雪で大学入学試験を受験できなかった受験生のための追試験が行われているようである.また,定期試験に不合格だった学生の救済処置として追試験が行われることがある.これから述べるのはこれとは異なる,研究における追試験のことである.先月,世界中を沸かせた小保方さんのSTAP細胞に関わり,疑惑が生まれている.この快挙はマウスの脾臓から取り出した白血球の一種のリンパ球を弱酸性液に25分間浸し,その後培養すると,数日後に万能細胞に特有のたんぱく質を持った細胞(STAP細胞と命名された)ができたというあっけないくらい簡単な説明である.万能細胞とは筋肉や内臓,脳など体を作るすべての種類の細胞に変化できる細胞のことである.このSTAP細胞をマウスの皮膚下に移植すると,神経や筋肉,腸の細胞になった.そのままでは胎児になれないように操作した受精卵にSTAP細胞を注入して子宮に戻すと,全身がSTAP細胞から育った胎児になったという.この論文は当初,レフェリーから数百年にわたる生物学の歴史を冒涜するものであるとまで言われたという.それを粘り強い実験結果による説得により,今回のネイチャー誌での論文掲載になった.ところがこの論文中に異なる状況で撮影された2枚の写真に酷似した点があるというインターネットへの投稿に端を発し,発表元の理化学研究所やネイチャー誌も調査を始めたという.論文共著者の若山教授(山梨大)から数百枚撮った写真の中から,小保方さんが勘違いし同じ胎児の写真を使ってしまったという説明があった.そのようなミスであってほしいと願うもののやはり我々一般は釈然としない.論文共著者の所属する理化学研究所ハーバード大学とは無関係の機関の研究者の追試によって,やはり小保方論文は正しかったと一日も早く証明して欲しいと願っている.
科学は再現性が必要不可欠で,ある程度の科学的訓練を受けたものならだれがやっても同じ結果が出ることが必要である.しかし,それも最先端の実験となると高度の技術や微妙な条件設定が必要で芸術のようになって,誰がやっても同じとはいかなくなることがある.その再現性の精度を上げられたもののみが科学として生き残るということであろうか.
今では全く葬り去られているが,かって常温核融合騒動があった.私の信頼する某大学のもう退官された先生が「佐藤さん,再現性のないのが悔しいが,やはり異常発熱はありますよ.何回か観測しました」と言っておられた.まだ,気付かれていない条件が満たされれば常温核融合は起こるのだろうか.当時はナノ粒子の概念,そのような粒子すら合成できなかった.もし,パラジウムナノ粒子電極を使って電流を流せば異常発熱や常温核融合が起こるのでないかとひそかに研究中のグループもあるという.
私たちも追試研究によって大きな安堵を得,面目を施した体験がある.もう,7-8年も前のことである.当時修士学生だったI君が素晴らしいことを考えた.今,世界中で研究が行われているリチウムイオン電池分野での話である.
この電池の正極反応物質には現在,コバルトを含む化合物が主に使用されているが,放電容量に限界があり,より高容量物質の探索が必死に行われている.少し専門的になるが,リチウム過剰層状材料と言われるある種の構造の化合物は現行材料より80-100 %も高容量を示すが,充放電サイクルが進むとみるみる容量が減少するという欠点がある.I君はこれを解消するために充電電圧を一気に引き上げるのではなく,それより低い電圧からの充放電を2回行い,また少し充電電圧を引き上げて2回充放電を行うというように段階的に充電電圧を引き上げ,数サイクル後から所定の充電電圧で通常充放電を行うと放電容量が高いまま維持されるということを発見した(電気化学的前段階処理法と名付けた).私はこれをとてもうれしく思う反面,本当かといろいろ疑った.秤量に間違いがないか(もし,所定質量よりも少なく測っていれば容量(Ah/hr)はすぐ大きく出てしまう),元素分析は正しいか,最後には別の学生に同じものを合成してもらい,同様充放電テストをしてもらい,再現性のあることを確認したのち学会で発表したが,その時はほとんど注目されなかった.数か月過ぎたころ,この分野で世界的に著名な九州大学O先生から「先生,あの話は本当ですか」と電話があった.これに勇気を得て,翌年の学会ではさらにその進展結果をI君に発表してもらった.競合関係にあった産業技術総合研究所T博士から「神奈川大の前電解処理法は我々の鉄系化合物にも効果がありサイクル寿命が延びました」との発表があったときはこれで認められたとうれしかった.I君はこれら一連の発表で電気化学会電池技術委員会賞を受賞し,学位も取得,今は日本を代表する某自動車メーカーに就職,米国の国立研究所に派遣され活躍中である.また,最近,上記に関わる国内および外国特許が成立したが,これが実用化されるためにはさらに多くのハードルを越える必要がある.