2018年1月 データを読み取る力

20181月 データを読み取る力
 
 昨年12月初旬,胃がんの手術をした顛末は先月号に述べた.退院後2週間ほどして,手術の経過を伺いに病院へ行き,Y医師の説明を聞いた.手術前後の胃カメラ撮影による患部の映像を見せられた.手術前の写真で「ここが患部です」と色素で染められた部分を示されたが,言われてみれば,正常な部分に比べて若干皮膚の色が赤いかなと思われるくらいで,私にはよくわからなかった.手術後の写真には長径約3 cmくらいの楕円形の赤く皮膚表面をはぎ取られた部分が見えた.「幸い深部までがん細胞は及んでいませんでした.完全にこの部分が新しい皮膚で覆われるまでに約2か月はかかります.それまでアルコールは控えたほうが良いでしょう」と言われた.痛みも自覚症状もないのに我慢,我慢である.正月,息子の所に行ったら,「折角,いい日本酒を見つけたし,海外出張でちょっと良いウイスキーも買ってきたのに残念だね」と言われた.前に戻る.「このくらいのがんに成長するのにどのくらいの期間がかかりますか」と尋ねたら,「二,三年でしょうね」と言われ,3年前の定期健康診断時に同病院に保管されていた患部付近の写真も見せられた.「そのつもりになってよく見れば,この付近ですかね.少し赤くなっています」と言われたが,私にはほとんど同じ色に見えた.その時は異状なしと判断されたのである.また,手術時に喉部分を胃カメラが通過するとき,見つかったのだが,Y医師から「喉に何かありますね.一度,耳鼻咽喉科で検査をされたほうがいいでしょう」と言われたので,数日後,おなじ港赤十字病院耳鼻咽喉科で診察を受けた.カメラで探ると2か所にポリーブがあるとのことだった.その部分の皮膚組織を採取,すぐ検査に回すとのことだった.「検査を急がせますので1228日に来てください」と言われた.喉頭がんの場合は進行が速いのだそうな.約束の28日の午後5時まで待った時点でY医師(消化器内科のY医師とは別人)に呼ばれ,「検査担当には頑張ってもらっていますが,今の時点ではダーク,どちらとも言い切れません.すみませんが,さらに詳しい検査を進めるため少し時間を下さい.1415:30ではいかがですか」と言われ,そのようにお願いした.二度あることは!と覚悟して14日来院した.新年初日の病院は非常に込み合っており,約束時間から30分近くも待たされた.名前を呼ばれたので,おそるおそる診察室に入るとY医師から快活な声で「おめでとうございます.まったく異状ありません」と言われ,“扁平上皮,リンパ球とも異型を認めない”と記された診断書を渡された.喉頭がん手術で声の出ない人や放射線治療中の知人を何人も知っているのでその人たちには申し訳ないがうれしかった.今年は春から縁起がいいぞと心中でつぶやきながら帰宅し,妻や電話で早速子供たちにその旨伝えた.娘や孫娘は私以上に心配していたようで非常に喜んでくれた.それにしても消化器内科のY医師による喉の部分の異状の発見はとてもありがたかった.
 昨今は画像処理技術やAI(人口知能)の進歩により,医師の判断によらない自動判定で90%以上の正答率とか,正確な値を忘れてしまったが,もっと高い値だったようだ.しかし,最後はやはり,医師の判断によるとその新聞記事には書いてあった.
 データの判定は難しいものである.必ずあいまい領域のある場合が多い.もう,40年以上も前のことになろうか.そのころは今のように,電子顕微鏡,原子間力顕微鏡,その他の画像撮影技術も物質構造の解析技術も発達しておらず,物理化学実験や電気化学実験といえばグラフを作成することが主な作業だった.縦軸の観測値を横軸の変化量,例えば温度や,物質の濃度,材料の組成割合や変化等に対してプロットするのである.グラフの単調な変化,直線的な増加や減少は予想どおりでつまらない.大きな変曲点が現れたり,直線でも少し勾配の異なる折れ線となったときは「しめた!」と思ったものである.その変曲点の前後で何か現象や物質の構造等に変化や異状が生じているのである.新発見かとわくわくした.たいていはぬか喜びに終わったけれど.ある時,グラフ上で10点くらいの少しばらついた測定点に対して何気なく直線を引いていたところ,これを見た上司のT氏が「佐藤,何を見ている!そこに変曲点があるぞ」と指摘された.それから「曲がっている」,「曲がっていない」としばらく議論した.結末はもう忘れてしまったが,当時は企業の研究所にもそのようなのどかな時代があったのである.今,懐かしく思い出している.