2013年8月 出船の構え

20138月   出船の構え
 中学校時代の担任のK先生から、よくホームルームの時間に便所(当時はトイレとは言わなかった)から出るときはスリッパを脱ぎっぱなしにするのではなく、次の人がはきやすいように便器の方に向けて脱ぐように、家に入るときも玄関では下駄(今のように靴とかスニーカーなどはなかった)のつま先を出口の方に向けて脱ぐようにと説教された。他家を訪問した場合も同じである.玄関の履物の脱ぎ方を見ればその家庭の様子,子供のしつけ方などがすぐわかるともいわれた.これは出船の構えと言って、日露戦争のときの連合艦隊司令長官だった東郷平八郎元帥が戦艦を港に停泊させるときは常に船の舳先(へさき)を沖に向けるようにと指導されたことに由来するのだそうな。いざ、出陣というとき船を回転させ向きを変えてから出航するようでは敵との戦いに後れを取り,勝機を逸してしまうと常々部下に教育されていたという。我が家でも子供たちが小さいころから、靴の脱ぎ方、トイレのスリッパの脱ぎ方を口うるさく言ってきたが、私や妻を含めて完ぺきではない。前途ほど遠い。たまに子供たちの家を訪れて玄関で靴が散乱しているとまず、孫たちを呼び注意するが、それも一瞬で次の日はまた元の木阿弥である。靴やスニーカーがきれいにそろうようになったら褒美を上げようと約束しているが、孫たちは褒美などいらないらしい。現役時代,大学の研究室では土足厳禁とし,入り口で靴をスリッパに履き替えるようにしていた.研究室内に粉じんが舞い込むとそれらが,測定中の溶液やいろんなところに入り込み悪さをするからである.しかし,この靴やスリッパの脱ぎ方もめちゃくちゃでいくら注意しても最後まで守られなかった.
 話は変わる。たまに大型量販店やホームセンターの駐車場で“車は前向きに駐車してください”と看板や張り紙の出ていることがある。わたくしはこの意味が長い間わからなかった。出船の構えでバックで駐車するようにということなのか、突っ込みで駐車するようにということなのか、考えれば考えるほどわからなくなった。わたくしはバックで車を入れるのが苦手でよほどのことがない限り、突っ込み専門である。ある駐車場で“駐車は前向きに。車の発車時,隣家が排気ガスで迷惑しますから”と張り紙があって、ようやく納得した。つまり、バックで駐車すると、発進時、排気ガスが隣家のほうに吹き付けることになるからである。注意書きのない駐車場ではほとんどの車が出船の構えで駐車している。そのやり方を見ているとつくづくうまいもんだなと感心する。1回のバックでほぼ定位置に収まり、軽くハンドルを切り、少し前に出てそのままバックするとぴたりと定位置に収まっている。わたくしの場合は何回かハンドルを切替し、前進、バックをくりかえしてからようやく収まるから、屋内駐車場の場合などは後続の車にクラクションを鳴らされてしまう。妻が同乗している場合は自分の腕は棚に上げ,「へたくそ」と言われてしまう.迷惑をかけては申し訳ないから、ほとんどの場合は前向き駐車(突っ込み)である。外国に行ったとき注意してみるとほとんどすべてと言ってもいいくらい突っ込み専門の駐車である。私を除いて日本人は車の運転がうまいのだろうか。