2013年7月 したつもり

20137月  したつもり
 
 最近,したつもりがそうなっていないことが多い.改札口で定期券を出そうとしたが,ポケットに入っていない.昨夜,スーツを変えたとき,たしかに入れ替えたつもりだった新しい方のポケットに入っていない.慌てて,家に引き返す.やっぱり前のスーツのポケットに残っていた.幸い,我が家は地下鉄駅のすぐ前だから助かる.5分遅れで次の電車に乗れる.外出の折には1-2回引き返すことが多くなった.手帳を忘れた,今日の外出先の地図を忘れたといったことのために.引き返すたびに,妻に「おや,また」と皮肉を言われる.しかし,お相子である.トイレの電燈がつきっぱなし,これは妻の仕業である.スリッパの脱ぎ方でわかる.思いついたときすぐやってしまわないと大抵のことはそのまま,忘れたままになる.しかし,最近のもろもろのことは,何かやろうと思いついた次の瞬間にもうそのやることを忘れているために起こっているようなのである.だから,やったつもりになっていることだけが記憶に残っており,実際にはやっていないのである.恐ろしいことである.スイフトガリバー旅行記の終わりの方に“本は読んだと端から忘れ,云々”恐ろしいまでに老人の描写が出ている.人は誰でも老いとともに記憶力が衰えていくもののようであるが,私の存じ上げている二,三の先生方のなかには80歳,90歳を過ぎても頭脳明晰,話の中にいろんな数字が次々と正確に出てくる,こんな方もいらっしゃるのである.記憶力とは異なるが,三浦雄一郎氏のように80歳でエヴェレスト登頂をされるような怪物もおられる.無論,記憶力も確かでなければあんな大事業ができるはずもあるまいが.
最近おかしいことがあった.お世話になっているS先生(80歳に近い)が委員会の後の懇親会でアルコールも入って調子も上がった時,「先日,妻に目指せ,三浦雄一郎と言われましてね.悔しいから目指せ,岸 恵子と言ってやりましたよ」と言われた.でも,これおかしい.むしろお困りになるのは先生の方ではないだろうか.でも,先生はこのことにお気づきになっておられないようである.
年をとると年配の立派な方々がその晩年をどのように過ごされたのか,及びもつかないが少しでもまねのできるところがないかと気になってくる.第一次南極越冬隊長だった西堀栄三郎氏は晩年まで街を歩く時も重い登山靴で通され,駅の階段なども2段ごとに上っておられた.ある時その講演をお聞きした後の懇親会でお話したことがある.まだ,私は東芝社員だったが,「おい,頑張れよ」と激励してくださった.先生は東芝の大先輩なのである.高校生のころ,“南極越冬記”を読んだことがある.その中に観測中電池が切れて測定器が動かなくなったので,手元にあった薬品で電池を手作りしたとの記載があった.今になってみれば,たぶん二酸化マンガン亜鉛,塩化アンモニウム,または鉛と二酸化鉛,硫酸があればなんとかなるなと合点がいくが,当時はすごいなと思ったものである.
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*最近,「わりなき恋」という69歳の女性作家が年下の男性に恋をするという恋愛小説を出版した.
 
 
*最近,「わりなき恋」という69歳の女性作家が年下の男性に恋をする恋愛小説を出版した.