2018年9月 いい組悪い組

20189月 いい組,悪い組
 
 テレビで時代劇や推理劇,アクションもの等を見ていると妻は途中で何回か,あの人はいい (良い)組,それとも悪い組?と聞く.話の筋が込み入ってきたり登場人物の人数が多くなると追いついていけなくなり,この質問を私にするのである.特に最近のドラマは話の展開が速いような気がし,配役の顔と名前などすぐ覚えられないまま話が進む.私もそうだが,彼女の生い立ちにも関わっているように思われる.妻は宮城県の小さな田舎町に生まれ育った.そこには小さな映画館兼演舞場があり,時々映画を見に行った.鞍馬天狗の映画などで新選組に囲まれ窮地に陥った討幕組の誰かを助けるべく,嵐勘十郎扮する鞍馬天狗が黒装束に身を包み,杉作少年とともに颯爽と白馬に乗って駆け付けると観客から拍手が起こった.私の田舎町でもそうだった.もちろん,鞍馬天狗が良い組で新選組が悪い組である.水戸黄門,助さん,角さんは良い組で悪代官,高利貸等の商人は悪い組である.このような勧善懲悪的な映画や物語を見て育つと良いほうに肩入れして見る癖がつく.亡くなった母がそうだった.農村に育った母には秋になると稲穂を食べに群舞してやってくる雀は害鳥(悪い組),子育てのために沢山の害虫を食べてくれるツバメは益鳥(良い組)だった.息子がペンギンの研究を始めたころ,母はよく「ペンギンは益鳥か,害鳥か,そんなどちらともわからない鳥の研究のために莫大な税金を使って南極あたりまでなぜ行くのか」と孫を問い詰め,困らせていた.口八丁,手八丁の息子も祖母を説得することができずいつもあやふやのうちに議論は終わっていた.
 話は変わる.ここ半年ほど夕飯時,毎週1BS TV池波正太郎原作の“雲霧仁左衛門”の再放送をやっている.そのあらすじはこうである.享保年間江戸を始め,東海道,中山道,果ては上方まで「犯さず,殺さず,貧しき者からは奪わず」の盗賊の掟を守り,強欲な悪徳商人ばかりを襲う謎の大盗賊・仁左衛門がいた彼とその一味は全く気取られることなく,仕事が終われば雲か霧のように消えてしまうことから,雲霧一党と呼ばれた一方,手掛かり一つすら見つけられないことに業を煮やした幕府火付盗賊改方長官に旗本・安部式部を任命する安部式部率いる火付盗賊改の面々は密偵や時に謀略を駆使しながら雲霧仁左衛門に迫っていく雲霧仁左衛門の一党は安部式部の探索から巧妙に逃れつつ数々の盗みを完遂していく私の好きな小説のひとつで,何回か映画やTVドラマが作られている.今回の配役は雲切仁左衛門役には山崎努,実兄の辻蔵之介役には丹波哲郎,一方これを取り締まる火付け盗賊改め方長官役には中村敦夫といずれも重厚な名優が演じている.雲切の部下たち,盗賊改め役方長官の部下たちもいずれも知恵を絞って大活躍をする.この物語の趣旨からいえば雲切側が良い組ということになろう.首尾よく大金持ちの蔵から多数の千両箱があざやかに誰も傷つけることなく盗み出されれば,胸がすく.拍手喝采である.一方,盗賊改め方側から見れば法を破る悪をのさばらせておくことになり悔しい限りである.泥棒たちを追い詰めるのに必死である.物語が展開,錯綜してきたとき,妻にどっちが良い組?と聞かれると一瞬どう答えてよいか答えに詰まるのである.このシリーズは残念ながら,先週で終わり,次は中井貴一が雲切役のシリーズが始まった.
 冒頭に述べた鞍馬天狗の件でも,もし新選組を主題にした物語なら,討幕側は悪い組になってしまう.特に政治の世界では自分がどの立場を支持するかによって良い組と悪い組ががらりと変わってしまう.真に良い組と悪い組を峻別するのはまことにむずかしいのである.