2016年10月 イグ・ノーベル賞

 
 今年もノーベル賞の季節が終わった.大隅良典教授がノーベル賞医学生理学賞を受賞されたことは誠にうれしいことであるが,それに匹敵するくらいうれしいのが東山篤棄規教授・足立浩平教授のイグ・ノーベル賞受賞である.本賞は世の中を笑わせ,考えさせた研究や業績に対して贈られるもので,わが国は10年連続受賞している.今年で26回目となったイグ・ノーベル賞に日本は過去20件を数え,米国,英国とともに受賞の常連で海外の研究者との共同研究が多い米国とは異なり,日本は独自の業績が評価されているという*1.
今年の受賞内容は「股のぞき」で,股のぞきをして風景を見ると,直立した姿勢で見た時より平らで奥行きが少なく遠くのものが小さく手前にあるように見えることを実験的に解明したものである.ハーバード大の劇場で開かれた授賞式で東山教授が観衆にお尻を向け実演して見せた場面のテレビ放送には思わず笑ってしまった.観衆も拍手喝さいをしていた.過去の受賞例にも,牛の糞からバニラの香り成分を抽出,粘菌を用いて最適な鉄道網を構築,バナナの皮を踏んだときの滑りやすさの解明,キスによるアレルギー反応の改善効果の解明等々,珍妙な研究が多い.このような研究が可能なのは研究者の様々な現象に対する好奇心,それを解明しようとする意欲によるのはもちろんであるが,そのような研究の許された研究環境が存在したためである.大隅教授が警告を発せられたようにわが国の基礎研究に振り向けられる研究費は年々減少の途をたどっている.研究費の総額はほぼ同じであるが合目的な応用研究費の割合が増えているための結果である.年々,福利厚生費が増えているため,大学への運用交付金1%の割合で減少している.正式な名前は忘れてしまったがいわゆる講座費と言われる教員が自由に研究に使ってもいい研究費は非常に少なくなってきており,某大学の研究室ではエアコンの修理費でなくなってしまったという.これでは研究できないので,科学研究補助金(科研費)NEDOJST(科学技術振興機構)のプロジェクト研究,あるいは企業との共同研究に頼らざるを得ない.いずれも研究の目的が明確でその効果を期待する目的研究で期間が限定されている.そのため,研究の途中で奇妙な現象が見つかった場合も新たな展開が期待されるかもしれないのに,目的から外れたものは涙を呑んでその解明を断念しなければならない.これではノーベル賞はおろか,イグ・ノーベル賞対象となるような研究の展開は非常に困難である.このままでは今後数年後にはノーベル賞受賞がわが国から無くなると大隅教授をはじめ多くの識者が懸念されている.
 話は変わるが,イグ・ノーベル賞の対象となる研究はどのようにして選ばれるのであろうか.ノーベル賞の場合は医学生理学,物理,化学というふうに分野が決まっており,各分野での重要な研究は論文の引用数などからかなり正確に重要研究がピックアップされる.他方,イグ・ノーベル賞は化学,物理学,認知科学,音響科学,医学,生物学,交通計画など多岐わたっており,かつ,その分野においてもそれほど論文引用件数は多くなさそうだし,まずその論文にユーモアが感じられるか否かは,ひとえに選考委員のセンスに依存している.
勝手な想像であるが,選考は困難を極める作業かと推察される.
話は変わるが,最近,資生堂が会社に出勤せず自宅などで情報通信技術(ICT)を使って働く女性を支援するため,テレビ会議の画面に映った素顔を自動で化粧してくれるアプリ「テレビビューテイー」を開発したと発表した.顔の動きに連動して化粧しているように映るという.せっかく自宅で仕事をしているのにテレビ会議があるとなればすっぴんでははばかられるから化粧をするのは女性の性(さが)であろう.そのために時間を取られるのは本末転倒であるから,化粧時間をなくするためという.この技術などイグ・ノーベル賞受賞対象の有力な候補ではあるあるまいか.
 また別の話,最近,天皇陛下が皇居内に住む狸の糞の研究を論文化されたという.“天皇陛下と狸の糞”,なんともユーモラスでないか.これも本賞の有力候補である.天皇陛下がこのような研究を続けられるかぎりわが国は安泰と思いたいのである.
1) 朝日新聞2016923日付け朝刊