2024年9月 不思議な人

 毎朝、ラジオ体操で利用する阪東橋公園には、北側の端に沿って南北に二人掛け、もしくは三人掛けのベンチが9個並んでいる。ベンチの後ろには数本の欅が茂っており、今もクマゼミが姦しく泣いている。このベンチの西側から2つ目のベンチにはここ数年、土、日曜日を除き毎朝6時過ぎから、8時ころまで50代から60代のサラリーマン風の男性が座っている。帆布製の手提げかばんが脇に置いてある。場所は決まっている。8時ころいなくなると知ったのは、体操とごみ拾い仲間のYさん(女性)から聞いたのである。残念ながら、彼女は一ヵ月ほど前、介護施設で90歳で亡くなった。彼に2年ほど前、ごみを拾いながら脇を通り過ぎる時「おはようございます」と声をかけたら、彼もおおむ返しに「おはようございます」と答えるようになった。それ以上会話をしたことはない。よほど風雨、雪等がひどくない限り、雨の日も蝙蝠傘を指してベンチに座っている。脇を通りすぎる時、さりげなく観察すると彼はじっと前方を見たり、うつむいて考え事をしているように見える。2時間以上もよく耐えられるものだ。私などベンチに5分と座っていられない。他のベンチには犬などと散歩する人たちが良く談笑を交わしているが、彼はその仲間に入り会話することもなく一人、素知ら顔である。不思議な人だ。思い切って話しかけてみようかとも思うが未だ果たせていない。そっとしておく方がよいのだろうか。

 上記のベンチとは離れて、公園の東側の入口近くに背もたれに木の板をカーブ状に張り付けたベンチが一個ある。これに腰掛けて後ろ頭も載せ、背もたれに沿って、背骨をそらせて背伸びをすると気持ちがいい。人気のベンチでいつも誰かが座っている。2か月くらい前から、毎朝、このベンチに異国人が座るようになった。70歳を超えたくらいで身長170cmくらい、すらりとした姿勢の良い男性である。頭は白く、頬から顎にかけ、白い髭を生やしている。数珠を持っており、イスラム教徒らしい。日本語は全く通じず、彼の話し言葉もわからない。6時前、公園に行くともう彼はこの椅子に座っている。砂混じりの地面を平に均し、1.5 m x 0.5 m位の横長の長方形を棒で描き、升目を入れてカタカナでアイウエオ、カキクケコと50音の文字を書いている。これは読めるようだ。毎朝、地面を均してこの50音を書くことが彼の儀式のようだ。先日、私がサ、ト、ウと升目を次々指さし、自分の胸を叩いたら「サトウ」と読んでくれた。私の名前が“さとう”であることを認識したようだ。このやり方で彼の名前を聞き出そうとしているが未だ果たせていない。彼は私がごみ拾いをしていることを知っており、たばこの吸い殻等を一カ所にまとめ、缶、ペットボトル等も集めておいてくれるようになった。最近はお互い「おはようございます」と挨拶できるようになった。ベンチに置いてあった携帯を見たらペルシャ文字が並んでいた。