2019年3月 大学入試の頃

20193月 大学入試の頃
 
受験シーズンもほぼ終わった.
    サクラサク六十年も前のこと    祐
 この句の意味が分かるのはかなり年配の方であろう.「サクラサク」は大学入学試験の合格を受験生に知らせる電報文である.不幸にして不合格の場合は「サクラチル」であった.生協だったか任意の学生団体かは不確かであるが,彼らの重要な収入を得る機会であった.まだ,インターネットもスマホもないころである.合否を早く知りたい受験生は受験の時,あらかじめ住所,氏名,受験番号を知らせ,料金を支払っておく.金額は忘れてしまったが現在の感覚で1000円くらいでなかったかと思う.掲示板に合格者の受験番号が張り出されると担当者はその番号を記録し,合否に応じて,受験生に上記の電文を送るのである.地元なら大学に直接,合否確認のため赴けばよいが,大学と遠く離れた受験生には合否電報は便利で広く利用されていたようである.だが,私はこの電報を申し込まなかった.もし,合格すれば,翌日の朝刊に氏名が載るだろし,いずれ大学から知らせが来るだろうからと考えたのである.もともとけちな性分なのであろう.電報料金がもったいなかった.でも,もう結果がわかっているのに翌朝までわからないのがじれったかった.申し込んでおけばよかったと後悔したがあとの祭り,母に「なんで申し込んでこなかった」と叱られた.翌朝早々,近所に住む友人のFが「合格したぞ」と私が新聞を見るより先に知らせに来てくれた.彼は家庭の都合で上京後,新聞社に働きながら大学夜間部に通うことになっていた.その彼の親切がありがたくうれしかった.例年,今頃になるとこの場面を思い出す.個人情報保護といった概念の薄かった当時は,おおらかなもので読者へのサービスからなのであろう,受験シーズンになると新聞の地方版にその地域に住む国立大学合格者氏名を掲載していたのである.
 今の受験生はよほど経済的に困窮していないかぎり,複数大学,あるいは複数学部を受験するのが常態のようである.友人たちに確かめたことはないが,私たちの頃はそうでなかったのではないか.少なくとも私の場合は1校のみであった.私はもともと考古学をやりたかった.高校2年のころ,このことを父に話したら,技術者の父からは「文学部を出ても就職口はないぞ,理系にしろ」と言われていた.あとに弟,妹達が3人もおり,経済的にもゆとりのなかった我が家では「私学はダメ,受験は国立1校のみ,落ちたら浪人もダメ,丁稚奉公だぞ」とも厳しく言われていた.落ちた場合は就職しろということである.父は工学部に行かせたかったらしいが,私は数学,物理が苦手で国語の方が成績が良かった.運が良ければ受かるかもしれないとターゲットにした大学は工学部の方が理学部に比べ,受験時の数学の配点が高かった.そこで,配点の少ない理学部に焦点を絞り,必死に数学の勉強をした.幸い合格したからよかったもののもし不合格だったら浪人できたのだろうか.父に尋ねたことはないが,しぶしぶ許してくれたのではないか,現に弟たちはいずれも浪人しているのである.遠い昔の話である.